モチベーションは言い訳
モチベーションという言葉をよく耳にする。
日頃活動していてモチベが上がらない、モチベーションマネジメント、モチベ維持などのフレーズをよく聞く。
今回はその"モチベーション"について書く。
モチベーションとは?
君のやる気にかまってくれる物好きはそういない
モチベーションとの付き合い方
信用の話
モチベーションとは?
まずはモチベーションとは何かから説明する。
モチベーション
1 動機を与えること。動機づけ。
2 物事を行うにあたっての、意欲・やる気。または、動因・刺激。「モチベーション が上がらない」「高いモチベーション を維持する」(デジタル大辞泉より)
調べてみるとこのように書かれている。つまりはやる気だ。
モチベーションはビジネス業界における関心ごとで、数多くのビジネス本が出版されていることでよくわかるだろう。
注目されている一方で、あまりよくない扱われ方を頻繁にされている気がしてならないのだ。
君のやる気にかまってくれる物好きはそういない
モチベーションは"動機付け"という言葉でも言い表わすことができる。
動機付けは
- 内発的動機付け:自分自身の興味や関心から自発的に生まれる動機付けのこと
- 外発的動機付け:評価やインセンティブなどの外部から生まれる動機付けのこと
の二種類に別れる。
モチベーションマネジメントというのは他者から内発的動機付けを喚起してもらうか、評価などの外部的動機付けを通してモチベーションを向上させることを意味する。
果たしてどれだけの人があなたの"やる気"について関心があるだろうか?
もし、今あなたのモチベーションを心配してあれこれしてくれている人がいるとしたらそれはすごく貴重な存在で、そのありがたさを今一度考え直す必要があると思う。
はたまた、他者にモチベーションをあげてもらうことが前提になってしまうとだいぶ深刻な状況だと考えたほうがいいだろう。
もしあなたが今、誰かのモチベーションをマネジメントしているならばどこに理想を置いているのかは確認してほしい。あなたがすべきことは、モチベーションをうまく引き上げることではなく、自分でモチベーションマネジメントができるようにすることだ。
補助輪の付いた自転車をうまくこげるようにしてもダメなのだ。
モチベーションとの付き合い方
では、モチベーションとどう付き合っていけばいいのか?
- 自己認知を深めること
- 左右されないこと
この二つが重要だと考える。
自己認知を深めることは当たり前なので手短に。
どんな時に自分はやる気を持てるのか、持てないのかがわかっていれば自分のモチベーションは比較的安定して維持することができるようになるだろう。
左右されないこととはどういうことか?図示してみた。
左ではなく、右の人になろうということだ。
モチベーションに関係なく一定のパフォーマンスを発揮できるようにすることが何よりも重要だと考える。
右に移るためには、意志ではなく仕組みでコントロールすることが大切だ。
どれだけ頑張ろうと意気込んで決意を固めても、人の意志力には限界がある。そうでなきゃライザップのような会社は成り立たないだろう。自制できないからこそダイエットを専門とする企業がいるのだ。
仕組みの例で有名なことはコミットメントなどが挙げられるだろう。より多くの人に宣言してしまうことで続けることができるようになる。このようにつながりを通して自分の行動を制御することで安定して行動できるはずだ。他にもいろんな手段があるだろうから、自分にあった仕組みを考えてほしい。
信用の話
あなたが急病で病院に行ったとしよう。そこで医師に、今モチベ低いから診察したくないと言われたらどう思うだろうか?
考えられないだろう。モチベーションでによって求められる働きをしないということは極論を言えばこれと同じことだ。プロ意識がない。
あなたはこのような人と付き合いたいと思うだろうか?
モチベーションは言い訳だ。
モチベーションに関係なくプロとしてやるべきことはやる。
そのためには自己認知と意志ではなく仕組みに頼る。
信用の置かれる人であろう。
学生団体で活動することのメリット
僕はAIESECという学生団体で活動してかれこれ3年目になる(2019.3にて卒業)
これまで活動してきた中で見えてきた学生団体ならではのメリットを書く
誤解のないように書くと、うま味があるからするしないではなくMissionに向かって行動した先に自然と得られていることを便宜上メリットとしている
書くことができていないメリットも当然あるだろうから、実感しているが書かれていないメリットがあっても怒らないでほしい笑
また学生団体と抽象化しているが、AIESECで活動することのメリットの場合もありうるのでそこは悪しからず
(2019.4.6にリライト)
近くて遠い憧れの存在
様々な学生団体が存在するが、多くの人が入会する決め手に先輩の存在があると思う
僕も外れずその一人で、新歓で話した先輩がすごく輝いて見えて"自分もこうなりたい"という憧れから入会を決意した
自己紹介のブログでも書いているが、もともとは挑戦しないネガティブな人間だったが、キラキラと夢を語る先輩の姿が眩しく自分も変わりたい、そう強く願って入会を決意したのだ
このように入会した段階では非常に遠く感じる先輩も会社で考えてみると年の差はないようなもので、下手すると上司と部下の関係性が逆になってもおかしくないくらいだ
このように遠くて近い憧れの存在に囲まれている環境はそうはない
最初に感じる圧倒的な差も、先輩から学び教わることで次第に詰めていくことができるし、努力次第では追い抜くこともできる
いつまでも憧れの存在であると同時に、背中を追いかけられる身近な目標と出会える環境はメリットの一つだと考える
マインドに磨きをかける
弊団体では組織の理念をとても大切にしている
VisionやMissionを解釈するための時間を何度もとり、上っ面のスローガンではなく自己に内在化させるための思考をしている
自分が今まで生きてきた範囲を超えた領域に思いを馳せる経験がある
アイセック神戸大学委員会の当時のMissionは"To Be The KB Mafia"だ
これはPaypal Mafiaという言葉から着想を得たものである。paypalは決済サービスの会社で、その会社からYoutubeやLinked Inなど名だたる会社を創設するような傑物が輩出されたことからpaypal mafiaと呼ばれている
KBというのは神戸大アイセックの愛称であり、KBも同じようにここから社会を動かすような人材が輩出されていくプラットフォームにしたい、一人一人がMafiaになるという思いからMissionに掲げている
事実、僕にはまだ社会を動かす力はない
だが、それは今はという話でいつかはそんな人間になるという気概だけはある
これはもともと自分に備わっていた自己確信ではなく、組織で活動をしていく中でMissionを突き詰めていく先に身についたものだ
知識も勿論幾分かはついたけれどどうすれば社会は変わるのかなんて知らない
多くの人を救えたり、代替不可能な専門スキルを有しているわけでもない
だからこそ僕が何よりも磨かれたと思うのはマインドなのだ
スキルやナレッジが不要などというつもりはない
根本である自分はどう生きるのかや、何を果たすのかという志に起因するマインドの成長を遂げられることは大きなメリットだと考えている
お金に左右されないモチベーションの醸成
マインドに磨きをかけるという前項と似ていることで、お金に寄らず仕事をする経験というのは意外と貴重であるということが言える
それじゃあ社畜だとか労働基準法違反だとかみたいなヤジが一部の人から飛んできそうな気もするが、仕事=賃金をもらってすることという等式が刷り込まれているからそういった非難が生まれる訳ですでにお金にモチベーションを左右される脳に染まっているのだ
自分の人生を振り返ってみてほしい
高校の文化祭の準備にはお金が支払われただろうか?もちろんグダグダ不満を言って手伝わない層も多くいるだろうが、主体的に取り組んで成し遂げたことは青春の良い思い出として残っているだろう
アルバイトなどは時給が前提としてあるからお金を稼ぐためにというモチベーションでも構わないと思う
でもお金をどれだけもらえるからするしないという評価軸のみが強くなりすぎてしまうのは、人生を味気なくすると思うのだ(もちろんお金の評価軸があること自体は悪くないしむしろ重要である)
社会人になると自身や家族を養うこととなりお金の占める重要性が高まることを考えると、学生のうちにそれ以外のやりがいや目標の魅力といったものを動機として自身のモチベーションを駆り立てる力を養う機会は貴重だと思うのだ
多様なマネジメントの経験
学生団体は単年度経営という特性を持つがゆえに、たった数年で多様なマネジメント経験を積むことができる
- 自分自身のモチベーションやタスクの管理などといったセルフマネジメント
- リーダーとしてチームをまとめるチームマネジメント
- 経営者として方針を立て、数十人の組織を経営する組織マネジメント
この三つの異なるマネジメントを経験できることが学生団体の大きなメリットだ
入会してすぐはいわば新入社員であり、満足に自分のすべき仕事をちゃんとこなすことすらままならない
それがいつしか、自分で仕事を砕いたり気持ちを奮い立たせるなどして自分を制御できるように成長する。これが一つ目に挙げているセルフマネジメントだ
そうして自立した先にリーダーとして約10人のチームを持つことがある
こうなるとチームの目標や向かう先を明確に示す役割を負ったり、チームメイトのモチベート、チーム全体の一体感を増してチームビルディングをするなどの難しい経験を積む。これが二つ目に挙げているチームマネジメントだ
企業に就職すれば、基本的に5年は立たないと10名のチームを率いる経験は得られないため、一足早く経験することができることになる
そしてこれが最たる特徴で、先ほど学生団体の多くは単年度経営だと言ったがつまりは毎年社長が変わるということだ
会社ではありえないことだが、学生団体は先輩は卒業し社会人になってしまうためそうならざるを得ない
経営者として数十人の組織や部署の進む道を考えるという経験は他にどこで経験できるのか想像がつかない
会社では下手すると40代でも任されないかもしれない
もちろん責任は重たいし難しいことばかりだが、大きな組織を動かす経験は挑戦的でやりがいも面白さも成長も得られるだろう
逆に弱いかもしれない部分
当然いいところもあれば弱いところもあるだろう
他の選択肢との比較を通して二つあげることにする
- お金の運用、管理などファイナンシャルプラン
- ピンポイントで一つのskillを伸ばすこと
この二つは弱いかもしれない
前者は起業と言った機会などと比較している
個人で資金調達をして活動するわけではないため、普段お金について考えることは少ないからだ
組織として動かしているお金は大きなものがあるし、財務の仕事に携われば別だが多くの人は考えることが少ない(メリットの裏返しではあるが
後者は国内インターンとの比較だ例えば営業だったり文章を書く力は、本業でそれをしている会社でインターンすることと比較するとskillの向上幅は劣るだろう
そのskillを生業としている人と一緒に仕事をして学べることを考えると、一つのskillに特化して伸ばす上では実践機会があるとはいえ負けるだろう
自分の明確なwantで掴み取る
ここまで書いてきたメリットは自身がどれだけ本気で活動するかで享受できるものは変わってくる
全員が組織をマネジメントする経験を積めるわけではない
仮に経験できたとしても、その価値を最大化できるわけではない
当たり前のことだが本当にそうだと思う
これまでの活動で思い出深い経験は、全て自分の意志で希望して掴み取ってきた
望んで自ら手を伸ばさなければ何も得られない
そして自分が一度望んで掴んだなら最後までその判断を正解にするために行動するべきだ
苦しい場面も少なくないだろうが、それも含め全て自分が選択したことだ
その苦しさの先には自分の意志で求めたものが待っている
決断した時のwantを確かめること
その気持ちを思い出せていないと、どこか他責になるしつまらなく感じるしいい活動はできない
僕もこの気持ちを見失って活動した時期があり、その時期は事実うまくいかなかったし、どこか当事者意識を持てなくなっていた
これは学生団体に限った話ではないだろう
成長は環境に左右されることも多いが、自分のスタンスで最大化も0にもしてしまえるのだ
自戒も込めてこのことを忘れないためにも最後に書かせてもらった
成功も失敗も、成長するかしないかも、楽しめるかどうかも全ては自分次第
世俗的な日本人はキャラ化する
橘玲作の『(日本人)』を読み驚きと学びが多く、その衝動からブログを書くことにした。
この本では日本人は協調性が高い、そんな定説をひっくり返し日本人は最も個人主義的であるという日本人論を展開している。その論証の過程が見事で、付随した学びも多くぜひ読んでいただきたい。
今回は本の要約ではなく、この本の学びとduoという企業で伺った話を元に考えたことを書いた。
[目次]
極めて異質な日本人の特徴
視座の低い日本人
大衆変革は正しいのか
キャラ化する日本人
極めて異質な日本人の特徴
(日本人)で紹介されていた世界価値観調査という世界80ヵ国を対象に、政治や宗教、働き方などの考え方の調査を行ったものがある。そこで日本人が際立っている項目がある
- 母国の国民であることにどれだけ誇りを感じるか→57.4%で香港に続く下から二番目の数字。
- 権威や権力が尊重されることについて賛成→3.2%でぶっちぎり最下位。下から二番目の国ですら22.6%
- 戦争になった時、我が国のために戦いますか→15.1%。下から二番目のドイツでも27.7%
これらのことから、国への帰属意識や誇りは低く、支配されることをひどく嫌うという国民性が伺いしれる。
また、イングルハートの価値マップというものも著書で紹介されている。
このマップの右上に日本がポツンとあるのがわかるだろう。
世界価値観調査とこのマップを合わせてみると、日本人は極めて世俗的(自己中)な人間だということがわかるのだ。
視座の低い日本人
日本人が世俗的(自己中)というのは意外に感じるかもしれないが、政治やネットを見てみるとありありと感じ取れるのではないだろうか。
- 選挙は老人向けの政策、若者を伸ばす教育には資源を割かない
- SNSになると相手の心情を考えずに、誹謗中傷を書き込む
- 未来の世代のために必要だとしても税金はあげたくない
- 逆に高齢者はもう不要だと言った心無い意見が若者から上がることもあるetc...
僕はこのような実態にひどく腹を立てている。これは見えている範囲が狭いし、国とか未来とかある程度の範囲の全体最適を全く考えることができていないのだ。
この集合体が世界で一番大きな借金を背負っている国、日本という実態を作っているように思えてならない。
視座が低いと言わざるを得ない。
大衆変革は正しいのか
先ほど述べたような現実を踏まえ、日本人全員の意識改革やスタンダードの向上を目指すいわば大衆変革の取り組みは必要だろう。
最近、迷うことがある。それは大衆変革は正しいのかということである。
世間では「意識高い系(笑)」という言葉が横行している。これも世俗性が故だと思う。
アメリカでは価値を出して尖ることが生存戦略なのに対して、日本では目立たないことが生存戦略だ。現実を見ろと言ってくるわけである。
お前だけイキイキするな、夢を目指して明るく生きるんじゃないと…
そんなごまんといる人間にアプローチして地道にボトムアップすることは正しいのだろうか。
教育においてのみは答えはyesだと思う。
誰に対しても見限ることをせず、粘り強くアプローチして可能性を見出そうとすることができる、しなくてはならない唯一の領域が教育だと考えている。
それ以外の場合においては、トップ層にアプローチすることでいい。どれだけ水を差されようとも屈せずに突き抜けた人間が、なんだか晴れやかに生きている。その様を見て次第に臨界点を超えて、意識高いなんて言葉が消えていけばいいのだ。
キャラ化する日本人
世俗性が強いが故に共同体としては付き合いが面倒だったりと、「私」と「共同体」の折り合いをうまくつけられていないのが今の日本社会なのではないだろうか。新卒三年以内に3割が会社を辞める。社内でイキイキと働いている人間はたったの6%。このような実態がその事実を示している。
視座の向上という手段を取らずに「私」と「共同体」を両方充足せることは可能なのだろうか?
特筆して世俗性の高い日本人はこれからどんな道に進むのか?
僕はキャラ化することで乗り越えていくと考える。
キャラ化するとはどういうことか?
みなさんはVtuberをご存知だろうか?架空のキャラクターが生放送やライブ配信をするという新たなバーチャル業界事業である。
その市場はこれからどんどん拡大していき、今生きているこの現実社会と同じようにこれから発展していく仮想社会ができる。その世界で新たなブランドができたりと、未開拓の土地が無限に広がるようなものだ。
これから日本人は極めて高い世俗性と付き合うための解決策としてVRを選択し、キャラ化していくと考える。
バーチャルでキャラ化することで、面倒な人の性格や背景、価値観はないものとして関わり合うことができるようになる。忖度などは不要で、リアルな人間関係では能力が3しか発揮できずにいた人が急に10発揮するようなことが起こる。反応はオフラインと同じようなリアルタイムで返ってくるのでラグなどは存在しない。
あえてたとえるなら、西欧貴族が仮面舞踏会を楽しんでいたことと近いのかもしれない。
現実社会で世俗性が故に多くの問題を抱えている日本人は、このキャラ化する社会へと急速にのめり込んでいくだろう。
法や治安といった根幹はシステムに委ねた上で、いつでも出入り可能な「共同体」と、キャラ化することで周囲を気にせず「私」を追求できる理想の世界を作って生きていくのだ。
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なぜ"美意識"を鍛える必要があるのか
[目次]
高まるアートへの関心
学校での美術教育
鑑賞を通した気づき
まとめ
高まるアートへの関心
最近アートや美意識への関心が急速に高まっているようだ。
事実、山口周さんの世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?という本が大ヒットしており、アート×テクノロジーの作品を発表しているTeam Lab.の展示にはたくさんの人が押し寄せている。
今回はその関心の高まっている美意識やアートについて書いていく。
学校での美術教育
- 美術を教育する
- 美術を通して教育する
- 意欲
- 思考力、発想力
- 基礎的技能、知識
鑑賞を通した気づき
-アートから学ぶロジック
- 作品を見るときに自然と誘導される視線の動き
- 作者自体の視点(見下げている?見上げている?)
- 建物の配置の意図
- 歴史的背景とのつながり
-言語化と対話の力
鑑賞していくうちに、この作品は好きだがあれは好きではないなどの好みが出てくる。感覚的にいいと思うんだけど、なんでいいと言われると...といったことがよくあった。
僕は上の作品が一番のお気に入りだった。
なんでだろう?言語化するのはすごく難しかった。
- ガス灯のあかりと曇った空気の対照的な雰囲気が良い
- もやがかかっているのに、人々はどこか元気がある。そのギャップが幻想的
これが精一杯の言語化だった。
感情を余すことなく伝えることはできていないだろう。でもこの作業を繰り返すことで自分の感情を言語化する力はつけられる。
文科省によると美術教育はコミュニケーションを大事だと書いてある。
対話の力とは方法や技術ではなく態度によるものが割合として大きい。
伝えたいけど伝わらないもどかしさは全て態度やスタンスの向上につながる。
美術館でおしゃべりは厳禁だが、感じたことを伝えたいという衝動に何度もかられた。退館したあとすぐに談義が起こったことから僕だけではないことがわかる。
伝えたいという気持ちを高める価値がアートにはある。
まとめ
- アートは世間で今ブームとなっている
- 美術教育は人間形成の役割を持っている
- 日頃から物事を観察し、自分の感情を言語化する力をつけ、伝えたいというスタンスを磨くことができるから美意識を鍛える必要がある
『日本再興戦略』から学ぶ考え方
『日本再興戦略』から学ぶ考え方
[目次]
・日本再興戦略は難解ではない
・なぜこんな明確なビジョンが描けるのか
・本書の構成から探る
・これから変わっていくという機運が大事
日本再興戦略は難解ではない
あれ...落合さんの本なのに読みやすい!という驚きが最初だった。
僕は、幅広い分野についての知識があり、かつ何か極めたものも持っている人に憧れている。
落合さんはまさしくそんな人で、イベントで生講演を聞いて以来、Newspicksは課金して毎週Weekly Ochiaiを見るようになり、先日の小泉進次郎×落合陽一の夏期講習も見た。オススメの回の動画リンクを貼っておく。
見ていただくとわかると思うが、前提の知識量が違いすぎて(本当にすごい...)何を言っているのかわからないことは少なくはない。
しかし今回の本は多くの読者がついていける作品だと思う。
- 注釈が多くつけられているため、前提の専門知識が不要
- 平易な言葉で書いてくれている
- 具体例を多用していて、一般人にもイメージがつく
このことから、幅広い層に読んでもらおうという意図が感じられる。
ぜひこれを機にまだ読んでいない人は読んでみて欲しい。
なぜこんな明確なビジョンを描けるのか
僕は将来、行政官となりPublicから日本を強くする活動をしていきたい。
日本はこれからどうすればいいのかを考える必要があるのだが、全然描けない。
教育に問題がある?いや、経済が回っていない?少子高齢化がヤバい?など、よく聞く課題は列挙できてもそれぞれがどう解決できるのか、そもそも問題なのか、日本の筋書きを描くためには何を踏まえていなければならないのかさっぱりわからなかった。
僕が活動している学生団体のAIESECには"人々の可能性が最大限発揮された社会"を実現しようというVisionがある。
以前、それを元に理想の社会を考え
「他者にどれだけ幸せを与えたかで評価される社会」ではないかと結論づけた。
富める人に富が集まるのではなく、貧しい人にどんどん価値が与えられていくように経済が回っていくんじゃないだろうかと思ったからだ。
でも幸せって測れるの?評価は誰がするの?仕組みとしてどう機能させるの?など、抽象的で漠然としすぎていて使い物にならない
"正しさ"ではなく"良さ"で描いた理想の社会像になってしまう....
だからこそ具体的で、カバーする領域も多岐にわたるこの本がすごいと思った。
なんでこんなことができるのだろう?
本書の構成から探る
日本再興戦略は7章からなる
流れにすると、
- 1,2章で歴史をもとに日本の特徴を見つけ出して、課題を探る
- 3章で外すことのできないテクノロジーの進歩
- 4章で日本の状況をもとに社会の全体構想を方向付ける
- 5章で政治の側面からの問題提起
- 6章でこれからの若者が養うべき力を定義
- 7章で社会での働きについて言及
となっている。
一国のVisionを描くには少なくともこれだけの領域から考える必要があるようだ。
専門でないとしても最低限の知識は有していく必要がある。
これから変わっていくという機運が大事
巷では平成最後の夏、というフレーズが流行っている。
これから何か明るい未来が訪れるんじゃないか、そうやって期待をすることこそが言霊のさきはう国、日本にとって大きな力になるのかもしれない。
本書で印象に残っている言葉が二つある。
"士農工商を復活させよ"
これは拝金主義から脱して、価値を与えることで評価する社会にしようというメッセージである。先ほど述べた僕の理想の社会像はこんな一言で言い換えることができたのかとハッとさせられた。
"指数関数的成長にとって、全ての点はいつでも始まったばかりだ"
失われた20年と言われ沈滞ムードが漂う日本も、すぐにでも変わることができる。
急速に強い国へと成長を遂げることができると期待を持てる言葉だった。
本書では、悲観的に語られることが多い少子高齢化も人口減少も、逆転の発想でチャンスだと主張している。全ては捉え方で試行錯誤なのかもしれない。
僕たち自身がこれから変わっていく機運を作り、変えていくんだ。
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自信を持つためには"自己〇〇"が必要
自信があれば...
自信があればもっといろんな経験に挑戦できたのに、後悔せずに済んだのに、そう思うことはないだろうか?
僕は元々ネガティブで挑戦しなかったのでよく思っていた。
(自己紹介のブログを見れば少し書いてる。)
今は大分マシになったので、どんな経緯で変わったのかを書く。
人それぞれだと思うので試してみるか程度に捉えてくれると嬉しい。
紛らわしい"自己〇〇"という言葉
今回は"自己〇〇"をテーマにして書いていく。
"自己確信"、"自己肯定感"や"自己有用感"という言葉を聞いたことがあると思う。
これらの言葉を定義するところから話し始める。
- 自己確信:影響力の資質。自分の能力と判断力に自信を持っている。自分は正しい方向へ進んでいると信じることができる。
- 自己肯定感:自分は大切な、価値ある存在だと感じる心の感覚のこと。自尊感情と同義語。
- 自己有用感:他人の役にたった、他人から喜ばれたなど他者評価を判断材料として自分に自信を持つこと。
微妙にそれぞれ意味が違う言葉であることがわかるだろう。
一口に自信と言っても色々あるみたいだ。
自分が自信をもつようになるまでのプロセスをそれがどの自己〇〇なのかを考えながら辿っていくことにする。
相対評価の転換
僕は幼い頃から才能というものにこだわっていた。努力ではなく才能に惹かれていた。天才にはどれだけ努力しても叶わないし、そつなくこなす方がコツコツ努力するよりかっこいいと思っていた。今でもまあそう思うことはある。
天才や才能という考え方は、絶対に誰かと比較して成立するものだ。
ダヴィンチほどいろんなものを発明した人はいないから、ダヴィンチは天才と呼ばれているし、出来杉くんは他の人が取れない中で100点を取り続けるから天才なのだ。
僕は天才じゃないからそこまでできないだろう、Aさんよりバカだから無理だろうetc...
でもよく考えて見てほしい。
勝てない人間と比べて凹み続けることに何の意味があるのか?
とはいえ比べる人は比べずにいはいられないだろう。
何かと比較することが癖になっていた僕は、"他者"ではなく"過去の僕"と比較することにした。
一年前の自分と今の自分はどうだろう?二ヶ月前の自分と今の自分はどうだろう?と。
その頃僕は大学からAIESECという学生団体で活動し始めていて、何一つ頑張っていなかった高校生時代から比べると嫌でも多少は成長していた。ネガティブで自身を認めることができない僕でも、それは疑いようがない事実だった。
この考え方をすると自分の変化に気付けるので安心できる。普段は悲観して途中で折れることも、自分のしてることは正しいと信じて続けることができる。
これは、自己有用感で考えることを一度辞めたことで自己確信や自己肯定感が上がったということになる。
天井を無理やり引き上げられる出逢い
上述した考え方に気づいてから半年後、別の形で自己肯定感を引き上げる出来事があった。それはたった6日間ベトナムでビジネスプランを考え、日系企業に営業するという無茶体験ができるイベントに参加した時のことだった。
https://www.kokokara-asia-tour.com/
(↑イベントのリンク)
メンターに連続起業家の塚本廉さんという人が来てくださっていたのだが、この人が本当にヤバかった笑。自分の常識では考えられない生き方をしているのだ。
エンジニアで技能五輪に出ていたり、起業めっちゃしてたり、数カ国語しゃべれたり、同時に3つのオンラインミーティングをさばいてたり(笑)、広く深くとはまさにこのことと言わんばかり。安倍総理とも交流があるとかないとか...漫画か何かかなのか、この人の1日は100時間あるんじゃないか、そう思った。
http://p://out-elite.com/tsukamoto-entrepreneur
(塚本廉さんの活躍が載っている記事)
すごい人はこれくらいのことができるだろうという想像をみんな持っていると思う。廉さんはその想像をはるかに超えた人だったので天井が引き上げられた。
例えば、すごい人は150km/h投げれると思っていたら実は200km/h投げれたみたいな。
すると、自分は頑張っても100km/hくらいしか出せないと思っていたけど、120km/hくらい投げれるんじゃないかなと思えたのだ。
自然と自分への期待値が上乗せされた。これも変わった形の自己肯定感の向上だ。
ちょっと現実味のあるすごいやつだと劣等感に苦しむだろうが、ここまでぶっちぎっているとそれはない。
こんだけすごいことを一人でできちゃう人がいるんだから、僕も官僚になって法律を変えることくらいできちゃうんじゃないかなと今は本気で思っている。
この後、塚本廉さんはアイセック神戸大学委員会に来ていただいた。みんな圧倒されていたけれど同じように天井を引き上げられたことだろう。ありがとうございました!
建設的な自己否定をして、giverになる
ここまではどうやって自分へ期待をかけてあげるかという内容を中心に書いてきた。
ここからは上級編(できる人にとっては当然のことかもしれないけど、自信がない人には難しい)に入る。
それは建設的な自己否定ができるようになることだ。
どういう意味かというと、他者比較をして負けている、全然ダメだとなった時に、
ただ凹むのではなく、
どうすれば追いつけるだろう?じゃあこれからどうしよう?と前向きに考えることだ。
最初の僕にはできなかったはず。でもこれまでの経験を通して、自身への期待を持てていればできるはずだ。
少しずつでいいから、理想を見て、Gapを痛感して、前向きに捉える練習をしよう。
そんなことはしたくない、自分が可愛いからコンフォートゾーンに留まりたいという人もいるだろう。
でも自分のためではなく、他の人の役に立つためだとしたらその痛みは我慢できるのではないだろうか?
演劇でお客さんが来てくれるからこそ、役者が一生懸命練習するのと一緒だ。
自己有用感の追求は、建設的な自己否定を支えてくれる。
ここまでくれば、もう自信がないなんて言わないだろう。
挑戦できる自分に変われているはずだ。
人生を楽しもう。
はじめまして、Jackこと島直希と申します
はじめましての自己紹介
はじめまして、Jackこと島直希と申します。
ブログは書き続けていくことで考えが整理できる、発信してみることで思わぬ出逢いがあるかもしれない、文章を書くことが結構好き、そんな理由で始めることにしました!
このブログでは、
- 世界一周の旅について
- 学生団体運営を通した気づきなど、組織開発の話
- 国や政治、教育などの関心分野についての話
を書いていきますのでどうぞよろしくお願いします!
いつも、なんでJackなの?と聞かれるので、簡単にJackになった経緯を話します。
高校一年の時に"劇団Jack"という演劇をするチームを立ち上げました。それから数年間、Jackと呼ばれています...それだけです。
いつも、あ〜そうなんだねってなります。期待ハズレですみません。
だから最初に済ませておきたかったんです...笑
今していること
現在は神戸大学経済学部の3年生で、AIESECという学生団体で副代表として人材の採用や評価、組織について考える人事のような活動をしています。
三年生なので勉強や就活に追われている...というわけではなく、来年休学を考えていることもあり基本的にはずっと学生団体の活動に打ち込んでいます。
詳しくは
Jack@アイセック神大副代表 (@kiseijack) | Twitterをフォローしていただけるとわかると思います!
性格は興味を持ちやすく飽きやすいので、マイブームがコロコロ変わります。
今は麻雀でプロになろう(過去オンライン麻雀で日本一経験あり)、MENSA会員になってみたい(2018年秋に無事なれました)、世界一周を来年からするためにDMM英会話スタート、ブログを書いてみよう(今まさに)、メルカリ使ってみよう(さっそく売れてご機嫌^^)、教育の様々な問題について調査してループ図を書いてみよう(週二回、有志で集まって勉強会をしている)、Twitterを充実させて今年中にフォロワー3,000人etc...思いついたもの片っ端から試しています。
それぞれ何か面白いことがあれば今後のブログに書いていこうと思います!
これまでの僕
思いついたことをしたり、学生団体で副代表を務めたりと比較的活発に見えるかもしれませんが中高まではそんなアクティブな人間ではありませんでした。どちらかというとネガティブで挑戦しない、本気出せばできるし...そんな人間でした。
小学校1,2年生の時は受験して県下No.1の小学校に入学しました。制服を着て路面電車で通学していました。それから小3で転校し、地域の公立小学校に入学。子供ながらに民度が低いと感じたこともありました(笑)。馴染めない時期もありましたが無事に楽しい小学校生活を送っていました。転換点が訪れました。それが"中学受験"です。
同級生のほとんどは地元の中学へと進学する中、塾に通い中学受験勉強をすることに。
ストレスをすごく感じながらも自分なりに努力したつもりでした。しかし、第一志望の中学には合格できず...努力は報われない、もっと効率的に、損しないように生きなきゃという歪んだ価値観が形作られました。
そんな思いを抱えて中高一貫の男子校に入学した私は、中学受験で苦労したんだからと意気込んで遊びまくってました。野球部、将棋部、ワンダーフォーゲル部、バスケ部といろんな部活を転々として、楽しくはありましたがやり遂げたという感覚を持っているものは何一つありませんでした。
高校から流石に遊び飽きて、勉強も始めたり学校行事に積極参加したりと充実した高校生活を送れるようになりました。
大学受験が差し迫り、失敗したくない、無駄な努力をしたくない... ということで指定校推薦に逃げようとしました。結果的にはその推薦は勝ち取ることができず、受験をすることとなり神戸大学に入学しました。
もちろんそれなりに勉強はしました。それでも逃げようとしてやりきらなかったことが引っかかっていました。
大学からは何かやり抜きたい、もっと自分の限界を恐れず知りに行きたい...
そんな中で出会ったのがAIESECでした。
夢を語る先輩の姿を見て、ここなら自分は変わることができるのではないか?と考え、挑戦したくない自分をなんとか押し殺し入会を決意しました。
それから今までいろんなことがありました。
- スラム街の学校へ海外インターンシップにいく大学生と数ヶ月の間向き合った。
- 団体の代表選挙で三ヶ月、直前期は朝は5時から夜は日付が変わるまで組織の未来を議論しては必死に考えた。
- 自分の志を探し、漠然としているけど"日本を強い国にしたい"という思いに気づいて、教育制度を作る人間になり根本から変える人になりたいと思った。
ここには挙げ切れていない色んな経験が、今の自分を構成しています。
まだまだ未熟でしょぼい自分に嫌悪感を抱くこともあるけれど、入学前に比べると随分マシな人間になったなと思います(笑)
きっかけと仲間をくれたAIESECにはすごく感謝しています。残り半年でできるだけ恩返しをします。
社会を良くする1人として人材輩出した人になることが何よりの恩返しだと思うので、
今の志である"日本を強くする"そんな人になれるよう精進していきます。
最後に
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます!
もっと文章が上手くなるよう努力します(汗)
コメントをくださると励みになります!これからもよろしくお願いします!