【ペルー③】古都クスコ、南米で一番惚れ込んだ街。
湖上生活に別れを告げ、次に向かうは古都クスコ。
日本で言うところの京都のような都市であり、かの有名なマチュピチュの玄関口となっている。(いうてクスコから半日はかかる。w)
クスコは南米の中で最も気に入った街だ。
街は石畳で作られており、適度に都会で落ち着きがあった。
街並みにスターバックスが溶け込んでいる。
景観保護も大切にしているのだろう。
旅行客も現地人も活発に往来があり、標高の高さゆえに空は澄み渡っている。
トタンの天井で囲まれた大きなマーケットが買い物の中心でなんでも売っている。
お土産のコーナもあれば、衣類、食料まで安価で手に入れることができる。
こういう施設を現地ではメルカドと呼ぶ。
一目惚れした真っ赤なポンチョがあり、値段交渉するも希望の金額にならず断念。
だがどうしても諦めきれず、マチュピチュから帰ってきた後に結局購入した。
しぼりたてのフレッシュジュース屋さんも軒を連ねており、お店のお姉さんやおばさんが熱心に客引きをしている。
一番近くのお姉さんのお店でミックスジュースを注文。
たった百円でこの量のジュースを二杯以上飲めた。ミキサーで作った分全てを売ってくれるのだ。
しばらくビタミン不足には悩まされないだろう。
これは三十円くらいのスープ。色は悪いが味は日本人好みだ。上に見切れている玉ねぎをカットしたものを乗せて一緒に食べるとなお美味しい。
ざらっとした舌触りでボリュームもあるので小腹が空いた時にはもってこいだ。
これまでの傾向で、安く美味しい屋台のご飯が食べれる国は好きになりやすいことがわかった。
ご飯を頼むときは店員さんとコミュニケーションをとるし、美味しいという感情は万国共通で伝わるからかもしれない。
揚げたてのチュロスも格別だ。この後たっぷりと砂糖をまぶしてもらえる上に、中にはキャラメルソースが入っている。相当カロリーは高いだろうか、旅中は痩せ細るのでむしろ必要。
ペルー人は肌が少し黒目で背が低く、黒髪なのが特徴。三つ編みの女性もよく見かけた。
標高の高い高地の民族なので、皮膚は日差しに強いのかもしれない。暑くとも直接日光を浴びるのは良くないから長袖が多く、スカートのような衣装、つばの広い帽子を身につけている。
クスコ市内の観光案内所をまわり、マチュピチュへ向かう方法を模索する。
様々な方法があるが、最も楽チンなのが電車を使うことだ。
ブルートレインという綺麗な青をした豪華列車がある。車内では食事も振舞われたり内装も綺麗なのだが、とてもじゃないが払えない運賃だ。
途中から乗る手もあるのだが、どっちにしろ高い。新幹線よりする...
最安値で行く方法はバス+徒歩だ。
バスで水力発電所まで行き、そこから線路に沿って10km以上歩くというルートだ。
もちろん貧乏バックパッカーの僕にはその選択肢しかない。
バスが来るのを待つ間にやってきた物売りのおばちゃんからニット帽を購入した。
バスは急勾配の山道を5,6時間走行する。バスといっても中型のバンで、乗り心地も良いものではない。奥の方の座席に割り当てられると暑いし酸素も薄い。
これが貴族ののる列車。恨めしそうに見ながら脇を歩く。貧乏人は時間と体力をかけるしかないのは世の常だ。
絶望的な距離の標識が目に入る。
まだ救いなのはそんなに勾配はなくずっと平坦な道のりだということだ。
他にも僕らのように歩いている人は大勢いた。
クスコから115kmも離れている。最初に書いた通り玄関口といってもだいぶ遠いのだ。マチュピチュまであと二キロのところまできたが、今日は遺跡ではなくマチュピチュ村という村で一泊して翌朝に遺跡へと向かう。
村が見えてきた。どことなく日本の温泉街と似ている。
温泉も確かあるはずだが、そこそこ良いお値段。
インカ帝国の偉い人の像が広場の中心に立てられている。
街中のゴミ箱がカエルのデザインでとても可愛い。
観光客向けの高いレストランがいくつもあったが、そこで食べる余裕はない。節約したといってもマチュピチュの入場料やバスの往復運賃などで二万円ほどかかっている。
村についた途端に雨が降り出す。雨の中歩かずに済んだのは幸いだが、明日綺麗に遺跡を見ることができるのだろうか?
何日間か滞在して何度も見に行くという人もいるが、我々は明日しかチャンスがない。遺跡を見て下山したらそのまま水力発電所まで歩いて戻りバスでクスコに帰るのだ。
相当の弾丸旅程で体力を使う。実際1人体調を壊し、明日地獄を見ることになる。
メルカドの大衆食堂で安くて量も多いご飯を食べながら明日の天気を祈る。
明日の朝はかなり早い。疲れですぐ寝れたが、意識の片隅に雷鳴や雨音が聞こえている。
あぁ、明日はもしかするとびしょ濡れになりながら山を登らなくちゃいけないのか。そんなことを思いながら眠りについた。